こんにちは、ネコリテです。
HSPならではの繊細な視点で、旅の体験記を書いています。
今回は宮崎県高千穂町にある天岩戸神社と槵觸(くしふる)神社をレポートします。
神社巡りの前に「コレ」知っておくと良いよ!
天岩戸伝説で活躍した神様
天照大神が天岩戸へ隠れてしまった際、外へ出すよう尽力した神様が5柱います。
★「柱」は神様の数え方
- 【作戦担当】思兼神 オモイカネ ★知恵の神様
- 【岩戸担当】天手力男命 アメノタヂカラオ ★スポーツの神様
- 【踊り担当】天鈿女命 アメノウズメ ★芸能の神様
- 【占い&しめ縄担当】布刀玉命 フトダマ ★祭祀の神様
- 【占い&祝詞担当】天児屋根命 アメノコヤネ ★藤原氏の祖神
この5柱が作戦会議を行なった場所が、天岩戸神社にある天安河原です。
オモイカネが企画リーダーで、フトダマとアメノコヤネが企画を検討。
アメノウズメがダンスを披露し、天照大神が岩戸から覗いた瞬間にアメノタヂカラオが岩戸を力づくで開ける。(そして岩戸は長野県の諏訪へ投げ飛ばす)
メンバーと役割を知っておくと、天安河原がさらに感慨深いものになります。
高千穂ならではの七五三縄(しめなわ)
高千穂は「しめ縄発祥の地」とされています。
これは天照大神が天岩戸から出られた後、再び岩戸に閉じこもられないように、フトダマが縄を張ったことが、しめ縄の起源とされているためです。
しめ縄は漢字で「注連縄」や「七五三縄」と表記します。
地域によってしめ縄の形や作り方は様々ですが、高千穂のしめ縄はその名の通り「七五三縄」の特徴を持っています。
房が7本、5本、3本に分かれており、それぞれの房は神様を表しています。
高千穂の神社へ行かれた際は、ぜひ七五三縄に注目してみてくださいね!
神社の「御祭神」リスト
行きたい神社に「どんな神様が祀られているか」を調べておくと、参拝の際により深い意味を感じられたり、自分の願い事に合った神様へしっかりと思いを伝えられるようになります。
高千穂神社 | ①高千穂皇神6柱:ニニギ、コノハナサクヤヒメ、山幸彦、豊玉姫、ウガヤフキアエズ、玉依姫 ②十社大明神:神武天皇の兄の三毛野命(みけぬ)、その妻の鵜目姫命(うめひめ)と子8柱 | |||
天岩戸神社 | 【西本宮】大日霎尊(おおひるめのみこと) ※天照皇大神の別称 【東本宮】天照皇大神(あまてらすすめおおみかみ) 【天安河原宮】思兼神(おもいかねのかみ)、八百萬神(やおよろずのかみ) | |||
落立神社 | 伊邪那美命(いざなみのみこと) | |||
鉾神社 | 日子穂穂出見命(ひこほほでみのみこと) 、豊玉毘売命(とよたまひめのみこと)、 菅原道真公(すがわらみちざねこう) | |||
二嶽神社 | 八幡大神(はちまんおおかみ) 、若宮大神(わかみやおおがみ)、 菅原道真公(すがわらみちざねこう) | |||
石神神社 | 国常立命(くにのとこたちのみこと) | |||
荒立神社 | 猿田彦命(さるたひこのみこと)、天鈿女命(あめのうずめのみこと) | |||
槵觸神社 | 瓊々杵尊(ににぎのみこと)、天児屋根命(あめのこやねのみこと)、天太玉命(あめのふとだまのみこと)、経津主命(ふつぬしのみこと)、武甕槌命(たけみかづちのみこと) | |||
二上神社 | 伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冊尊(いざなみのみこと) | |||
八大龍王水神 | 八大龍王水神 | |||
秋元神社 | 国常立尊(くにとこたちのみこと)、国挟土尊(くにさづちのみこと)、豊斟淳尊(とよくむぬのみこと) |
例えば高千穂神社に祀られている神様は高千穂皇神ですが、これは1柱の神様ではなく、ニニギノミコト(天照大神の孫)とその妻、ニニギの息子夫婦と孫夫婦の計6柱の神様の総称です。
この6柱は古事記でも中心的な存在で、多くの神社で祀られています。
そのため、エピソードと一緒に覚えておくと幅広く役立てることができます。
高千穂神社のもう一つの御祭神、十社大明神とは神武天皇の兄三毛入野命(みけぬのみこと)とその妻鵜目姫命(うのめひめのみこと)&子供たちの計10柱を指しています。
天岩戸神社
「天岩戸の洞窟」を拝観できるツアー
天岩戸神社はその名の通り、天照大神が岩戸に隠れたという伝説を祀る神社です。
御祭神は天照大神。
西本宮、東本宮、天安河原宮の3つから成り立っており、今回は西本宮と天安河原宮の2箇所を参拝してきました。
西本宮で楽しみにしていたのは、天岩戸見学ツアー。
天照大神が隠れたとされる洞窟は、神社の御神体として祀られており、このツアーに申し込まなければ拝観することはできません。
ツアーは朝9時から30分おきに開催され、所要時間は約20分。
参加費は無料で「お気持ち代として寄付にご協力ください」とのことでした。
予約不要なので、集合場所に行くだけでOKです。
見学ツアーでは神職さんの案内で西本宮拝殿へ向かい、お祓いを受けた後、裏手にある天岩戸の遥拝所へと進みます。
天岩戸は川の対岸にあり、離れた遥拝所からの見学となりますが、それでも神聖な雰囲気がしっかりと伝わってきました。
尚、天岩戸は撮影禁止となっているため、その姿を「心」にしっかりと刻みます。
拝観が済むと西本宮へ戻り、神楽の説明を聞いてツアー終了。
今回のツアーは土曜日の15時頃で、参加人数は20-30名くらいでした。
思っていたより参加者が多くてびっくり。
作戦会議の地・天安河原(あまのやすかわら)
天安河原は「天照大神を岩戸から出すために、神々が作戦会議を行なった場所」と言われています。
天安河原宮の御祭神は、作戦会議のリーダー思兼神(オモイカネ)と八百萬神。
別名は仰慕ヶ窟(ぎょうぼがいわや)。
西本宮から徒歩で7分ほどの所にあります。
道中の景色も凛とした美しさに満ちており、神聖な場所に足を踏み入れた感覚に包まれました。
そしていよいよ天安河原に到着。
この辺りに近づくと、冷気が一層強まるのを感じます。
洞窟のしめ縄も、高千穂伝統の七五三縄でした。
洞窟内から眺める景色はとても神秘的で、しばらくその雰囲気に浸っていたかったのですが。。。
観光客が多くて、全く落ち着けませんでした。(悲
どうやら私が訪れたタイミングで、外国の団体ツアーと重なってしまったようです。
ロケーションは素晴らしいのですが、人混みで騒がしく、写真を撮るのも一苦労でした。
HSP(繊細気質)は環境の影響を受けやすいため、このような人混みでは、天安河原の魅力を十分に味わうことが難しかったです。
前回は平日に訪れたため人が少なく、石積みをしながら神聖な雰囲気を堪能できましたが、週末はサッと拝観するだけで精一杯でした。
槵觸(くしふる)神社
御祭神エピソード
天岩戸神社の次に訪れたのは、槵觸(くしふる)神社。
こちらは「知る人ぞ知る」的な小さな神社なので、週末でも混雑はありませんでした♪
神社の名前の由来となっているくしふる峰は、天孫降臨でニニギが降り立ったとされる山です。
古くからその山を御神体として祀っており、江戸時代に社殿が建立されました。
私がこの槵觸神社へ行きたい!と思った理由は、こちらの3点。
- 高天原遥拝所(たかまがはらようはいじょ)
- 四皇子峰(しおうじがみね)
- 相撲のルーツ
古事記や日本神話が好きな方にとっては、たまらない名所です。
槵觸神社の御祭神は5柱いらっしゃいます。
- 瓊々杵命(ににぎのみこと)
- 天児屋根命(あめのこやねのみこと)
- 天太玉命(あめのふとたまのみこと)
- 武甕槌命(たけみかづちのみこと)
- 経津主命(ふつぬしのみこと)
ニニギは天孫降臨でおなじみ、天照大神のお孫さんです。
「アメノコヤネ」と「フトダマ」は、天岩戸伝説で占いや祭祀を担当した神様。
そして「タケミカヅチ」と「フツヌシ」は、出雲の国譲りにおける最後の使者で武闘派の神様です。
【出雲の国譲りとは】
大国主(おおくにぬし)が出雲を豊かな国に築いた後、天界の天照大神が「地上の世界も私のものよ。出雲を返してちょうだい」と言ってきたことから始まります。
天照大神は何度か地上に使者を送りますが、使者たちは大国主の人柄や平和的な交渉術に感銘を受け、そのまま地上で暮らすことになります。
そんな中、タケミカヅチとフツヌシが使者として大国主のもとへ行き、ついに国譲りが実行されました。
日本書紀では最終使者が「タケミカヅチ&フツヌシ」で、古事記では「タケミカヅチ&アメノトリフネ」となってるよ。タケミカヅチ=フツヌシは同一神という説もあり。タケミカヅチは鹿島神宮、フツヌシは香取神宮の御祭神としても有名だよ
大国主の息子である建御名方神(たけみなかたのかみ)も武神で、タケミカヅチ&フツヌシが来た時には武力で対抗しました。
その際に建御名方神とタケミカヅチが力比べをしたとされ、これが相撲のルーツと言われています。
そういった伝承から槵觸神社には土俵があり、秋祭りで奉納相撲大会が開催されています。
四皇子峰(しおうじがみね)
四皇子峰の由来になっている4人の皇子とは、神武天皇と3人の兄たちのことです。
四皇子はニニギの「ひ孫」にあたり、彼らが生誕した地を四皇子峰と呼んでいます。
- 五瀬命(いつせのみこと)
- 稲飯命(いなひのみこと)
- 三毛入野命(みけいりのみこと) ←高千穂神社の十社大明神
- 神武天皇
四皇子峰は槵觸神社の境内にあると思っていたのですが、実際には少し離れた場所にあり、探しながら歩くことになりました。
四皇子峰への行き方は、まず槵觸神社の駐車場から少し坂を登った所に、左へ抜ける上り坂があります。(川辺印刷さんの手前)
入口には、四皇子峰と高天原遥拝所の案内看板が立っています。
上り坂を進むと、高天原神社が見えてきます。
さらに進むと鳥居があり、
少し進むと四皇子峰に到着です。
この山で神武4兄弟が幼少期を過ごしていたのだろうと、古代の歴史に思いを馳せていました。
他の観光客は1組すれ違った程度でしたので、週末にも関わらず、静かで厳かな雰囲気を堪能することができました。
高天原遥拝所(たかまがはらようはいじょ)
四皇子峰からさらに奥へ進んだ所に、高天原遥拝所があります。
「遥拝」とは遠くから拝むこと。
ニニギと共に地上へ降りて来た神々は、この丘から遠くの高天原へ祈りを捧げたと言われています。
シンプルで凛とした、聖域ならではの空気感がとても心地よかったです。